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『これからのこと。』
1月8日。

明日は今後の治療法を決める為病院に行く日です
夜、家族で母の「これから」について話し合った
ほとんど話せなくなった母もこの時ばかりは必死に自分の気持ちを伝えようと頑張っていた

「これから」とは…

12月、肺に影がでて体調も悪くなり手術ができなくなってしまった
そして歩くことも困難になり介護が必要になった
そこで先生から言われた。
もう手術もできない、抗がん剤もできる体力がなくなったとなると
残る治療法は経口剤の「イレッサ」しかないと。
でも私はイレッサの怖さを看護婦である友達から聞いていたので
絶対にしたくなかった
その友達の知り合いが26歳で肺ガンになり、そこから先生に言われるままにあらゆる治療をして最後はイレッサをしてあっという間に亡くなってしまったというのを聞いていたから余計に怖かった
先生からもイレッサはおすすめできませんと言われていた
なぜなら、80%は効かないないから。
薬があったとしても現状維持か若干元気になるくらいらしい
延命にはならないとはっきりいわれた
しかも、もし薬があわなかったら…約2週間で結果がでてしまうとも言われた
そんな恐ろしい薬絶対に反対だ!
ちょっと元気になるためにそんな薬使いたくない!
父と兄も同じ意見でした
先生からはイレッサを使うか「緩和療法」のどちらかを選ぶように
言われていたので私達はもちろん「緩和療法」の方を望んだ
でも、私達家族がそう思っても本人の意思がどうなのか…
治療するのは母だから。
もし母が「イレッサ」をすると言うならどうしようと不安がよぎった





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テーマ:壊れそうな心 - ジャンル:心と身体

2007/01/26 06:54 未分類 | トラックバック(0) | コメント(1) | TOP
『…』
久しぶりの更新です
去年のクリスマス前からしばらく実家に帰ってました
ほんとは手術をするはずだったけど体調が悪くなりできなくなってしまった
それは肺に影がでてきたから。。。
カリニ肺炎かと思われたけど…再発でした
11月まではまだ元気だったのに。
心配で早く実家に帰りたかったけど子供の幼稚園もあるしなかなか帰れませんでした
帰る前に兄と電話で話した
「前とは全然違うから ほんまに大変やから」と言われた
どうゆう風に大変なのかよくわからなかったけど家に着いてその意味がすぐわかった
会った瞬間正直驚きが隠せなかった
あまりに変りすぎて…薬の副作用で顔が前以上にパンパン
腫れ過ぎて話しづらそう…笑うこともできない
一応会話はできるけど一日のうちほとんど寝てる
眠くてしょうがないらしい
でも起きてるうちは1才の孫を一生懸命目で追ってた
子供が泣いて抱っこをせがむけど私は家事をしていて手が離せなかった
それを見ていた母は弱々しい声で
「ごめんね ○○ちゃん、抱っこしてあげれなくて ごめんね…」と言ってた
辛かった…
でも母はもっと辛かっただろうなぁ…

私は実家にいる間に色々してあげたかった
父は働きながら母を介護し、家事をしているのでかなり疲れてるはずだから。
だけどそれ以上に母と色々話しがしたかった
母も話したいことがたくさんあるだろうから聞いてあげたかった
でも、考えて話すことがすごく大変そうでした
母も「話したいことあるんやけどなぁ」と言ってたけど結局
あまり話すことは出来なかった
もう字も書けないないし目もあまりよく見えてないよう…

*************************


1月9日にこれからどういう治療をするかという話をするために
家族全員で大阪の病院まで行った…

余命1年宣告から1年1ヶ月経過。








テーマ:病気と付き合いながらの生活 - ジャンル:心と身体

2007/01/19 15:46 未分類 | トラックバック(0) | コメント(1) | TOP
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